
今回お話を伺ったのは、株式会社エイチ・アイ・エス(以下、HIS)で20年以上キャリアを積みながら、一時は仕事への熱量を見失いかけていたと語る木村さんです。HISでは、45歳以上の社員を対象に社内公募で希望者を募り、地域へ出向するプログラムを実施。地域課題の解決に挑戦することで、社員一人ひとりの成長だけでなく、新たな事業や組織の可能性を広げています。木村さんは、その取組みに参加し、熊本県球磨村に赴任。人と向き合い、自ら企画を動かす中で、”人の役に立つ実感”と”仕事への情熱”を取り戻していったといいます。
・お話を伺った方 :木村 高規 さん
・部署/役職 :熊本県 球磨村 復興推進課 商工観光係
・勤続年数 :26年
「HISありがとう」——その言葉が、仕事観を変えた
――これまでのキャリアについて教えてください。
2001年HISに入社し、最初は川崎の営業所に配属されました。15名ほどの中型店舗で、ハワイやアジア、ヨーロッパなど海外旅行の販売が主な業務でした。その後、他の店舗での営業や企画造成、サイトの制作部門と異動を重ね、九州事業部への転勤も経験しました。
――幅広い部署を経験されてきたんですね。印象に残っている出来事はありますか。
新人時代の”チラシ配り”は今でも覚えています。当時はとにかく駅前でチラシを配る文化があって、ほとんど受け取ってもらえないし、正直とても大変でした。
転機となったのは、九州での勤務時代です。Jリーグチームとのイベントで久しぶりにチラシを配る機会があって。「HISです」というと、サポーターの方々が必ずチラシを受け取ってくれたんです。しかも「HISさん、本当にありがとうね」と言われて。不思議に思って理由を聞くと、「HISがハウステンボスを黒字にしてくれた」「HISのおかげで観光客が増えて長崎が元気になった」と感謝を伝えてくれたんです。
その時初めて、「うちの会社は世の中の役に立つことをしていたんだ」と実感しました。本来、仕事ってこういうことなんだと。チラシを配ることが嫌だった自分が、「自分もこんな仕事がしたい」と思い始めた瞬間でした。

目標数字の先が見えないまま迎えたコロナ禍
――九州での経験が転機となったわけですね。その後はどのようなキャリアを歩まれましたか。
九州では4年間、サイト制作や企画など1人で何役もこなしながら働きました。地方の事業部はそれぞれが1つの会社のようで、自由度も高く面白かったです。私は現場での販売よりも、企画やサイト制作など裏方の仕事の方が性に合っていると感じていて、サイトの制作部署への異動も自分の希望というより上司の「向いているんじゃないか」という一言がきっかけでした。
九州から東京に戻ったのはコロナ禍の2020年でした。観光業が一気に止まり、会社全体が揺れる中で、自分のやりたいことへの答えが出せないまま時間だけが過ぎていきました。「自分がやっていることは本当に人の役に立っているのか」という問いが頭から離れませんでした。
――当時はどんな心境でしたか。
今振り返ると、最近よく耳にする“静かな退職”に近かったかもしれません。仕事よりプライベートに重きを置いていて、「このまま何となく働いて終わるのかな」という感覚がありました。
当時は本当に仕事への熱量を見失いかけていたと思います。転職が頭をよぎったこともありますし、自分が本当にやりたいことにたどり着けないまま、答えが出せずにいました。

「最後の挑戦かもしれない」会社がくれたチャンス
――そんな中で社内公募プログラムに申し込みをしたきっかけを教えてください。
45歳以上が対象という条件を見て「これはもしかしたら、自分にとって最後の挑戦かもしれない」と思いました。しかも候補地に九州が入っていて、4年間暮らした経験のある土地だったこともあり「自分の経験が少しでも役に立てるなら」と思い、応募しました。
――応募する際に、不安はありましたか。
かなりありました。地理的にも分野的にも全く新しいフィールドですし、ある程度の年齢になると「助けてください」と気軽に言いにくくなる。相談できる相手も限られている中で、「自分が参加して大丈夫だろうか」という漠然とした不安がありました。
ただ逆に言えば、会社がこういう機会を与えてくれなかったら、自分では絶対に飛び込めなかった。強い想いがあっても、年齢を重ねると新しいフィールドへ踏み出すのはそれだけ大変なんです。会社に助け舟を出してもらったという感覚が強かったですね。


地域に入って初めて、「仕事が面白い」と思えた
――現在は、熊本県球磨村でどのようなお仕事をされていますか。
イベント企画、特産品開発、観光誘致、インバウンド施策、販路開拓など、本当に幅広くやっています。観光協会と一緒にお守りを作ったり、桜祭りを企画したり、球磨焼酎の販路拡大に取り組んだり、とにかくゼロから考えて動く仕事が中心です。
――印象的だった取組みはありますか。
印象的だったのは、一勝地駅のお守りです。球磨村に”一勝地”という縁起の良い名前の駅があって、受験や試合前に願掛けに来る人が多い。観光協会と一緒に新しいお守りを作って販売したところ、1か月で200枚ほど売れました。
また、今まで開催したことがなかった”くまむら さくらまつり”も企画しました。人手も予算も限られている中で、行列のできるキッチンカーを呼んだり、電動車両の試乗会を組み合わせたりして、HIS時代に学んだ「オンリーワン・ナンバーワンでないと人は来ない」という考えを活かしました。
予算がほぼない中で、装飾も企画もすべて手作り。でも逆に、その”ゼロから作る感覚”がすごく面白かった。今は仕事に大きなやりがいを感じており、「もっと良くしたい」「次はこれをやりたい」と自然に思えるようになりました。


45歳を超えて、仕事への熱量を取り戻す
――ご自身で変わったと思う部分はありますか。
行動力ですね。以前は「これやってみようかな」と思っても、一度立ち止まっていたんです。でも今は「まずやってみよう」が増えました。地域で仕事をしていると、待っていても何も始まらない。自分が動かなければ、前に進まないんです。その感覚はすごく変わりました。
HISの同僚からは、「楽しそうですね」と言われます(笑)。あと「積極的になった」とも言われますね。以前は仕事との距離感を模索していましたが、今は仕事が人生の中心になっているように思います。
――会社への気持ちにも変化はありましたか。
あります。今は、HISだからこそ、地域に貢献できている実感があります。実際に「HISさんが来て地域が変わった」と言っていただけることもある。今は”HISの木村”から”球磨村の木村”を目指して日々奔走しています。それは自社に対するエンゲージメントにもつながっています。

40代後半こそ、“選択肢”が必要
――このプログラムはどんな人にお勧めですか。
今の仕事に停滞感を感じている人ですね。40代後半って、会社の中でもすごく難しい年代なんですよ。ある程度キャリアも固まって、「このまま行くしかない」と思い始める時期でもある。でも、本当に今の仕事だけが最適解なのかは分からない。だからこそ、「こういう選択肢もある」という機会を会社が与えることには、大きな意味があると思います。今の環境を変えたいと思っている人には、ぜひ挑戦してほしいです。
――最後に、今回の経験を一言で表すとなんでしょうか。
“人生の新たなスタート”です。もちろん、過去を否定するわけじゃありません。でも、“もう一度、自分が前向きに働ける場所を見つける機会”だったと思っています。今やっていることを、一過性で終わらせたくない。地域で得た経験を会社に還元したいですし、他の地域にも広げていきたい。地方には、それぞれ課題があります。その課題に対して「HISとして何ができるか」を考え続けていきたいです。人の役に立っている実感を持ちながら、これからも働いていきたいと思っています。
※サービス内容やお話を伺った方のご担当部署・役職などの情報はインタビュー当時のものとなり、現在とは異なる場合がございます。

| 社名 | 株式会社エイチ・アイ・エス |
|---|---|
| 業種 | 旅行業等 |
| 従業員数 | 連結10,000名以上 |



